2011年10月15日

制服向上委員会と生活向上委員会

 昔、生活向上委員会というフリージャズ・バンドがあった。公演のとき奇抜なパフォーマンスをすることで有名で一時期よく雑誌のグラビアに取り上げられていた。ただ、雑誌といっても、写真を掲載したのは芸能誌ではなくて、ラディカルな音楽雑誌や左翼系の雑誌だった。

 特に印象的な写真は、京大西部講堂での公演のものだった。私はこの写真を見たとき生活向上委員会の曲を聞いたことがなかったのに、京大西部講堂と生活向上委員会の組み合わせはクールだ、と直感的に思った。
 京大西部講堂は、学生運動の思想的拠点であり、アヴァンギャルドな連中が集まるクリエイティブな空間というイメージがあった。そこで奇抜なパフォーマンスをするフリージャズのバンドがあって、名前は生活向上委員会という。これだけで十分だった。

 生活向上というのは個人的な生活だけを指すなら自由主義的で、社会全体の生活の向上を目指すとなるとどこか共産主義的革新のにおいがする。委員会が生活向上を指導するなら、より共産主義的なにおいが強くなる。
 このようにフリージャズと政治思想が混ぜ合わさった何とも言えない雰囲気を生活向上委員会は醸し出していた。

 制服向上委員会というアイドルグループができたと知ったとき、これは生活向上委員会のパクリではないかと思った。だが、アイドルにフリージャズも政治思想も無いだろうと自分の思い過ごしだとそのときは結論付けた。その後、制服向上委員会の曲を聞いたことは無かった。

 それなのに今年に入って311以降突然、彼女たちの歌を耳にするようになった。街宣車の上でアイドルが脱原発ソングを歌ってる。頑張ってるなとは思っていたが、さほど印象には残らなかった。
 ところが、制服向上委員会の歌に心が動かされるときが来た。それは919の明治公園での「さようなら原発5万人集会」のときだ。制服向上委員会は6万人の人々の前で圧巻のステージを見せてくれた。

 まずアイドルなのにギターを抱えている女性が出て来たのに驚かされた。「アイドルがギターの弾き語りなんてできるのか?」。この会長だという女性はしっかりとギターを弾きながら1曲目を歌い終えた。しっとりとした反原発バラードで、中高生アイドルにしてはやるなと思わされた。(あとで会長だけは年代がかなり上だと知って納得した)
 次に制服向上委員会がアップテンポの脱原発ソングを踊りながら歌った。この曲は盛り上がった。会場を埋め尽くした人々はアイドルファンでも何でも無いだろうが、若い女性の元気な歌ときびきびした踊りにかなり感動したようで、曲が終わると「紅白!」の掛け声がかかった。

 制服向上委員会のリーダーは、自分たちは大人たちからあまりよく思われていなくて、追い詰められてるような話をしていたが、楽曲はしっかりとしているし、踊りも皆揃っていたので、支援してくれる大人たちがいないとここまではやれないだろうとは思った。
 実際調べてみると仕掛け人のプロデューサーがいるようだ。周囲の大人は応援している、というか、仕掛け人の思惑、下品な言葉を避ければ意思・思想がかなり影響しているようにも思える。私は知らなかったのだが、制服向上委員会はアイドルグループとはいっても、これまでも社会的な活動に参加したり社会性の強いメッセージソングを歌ってきたりしたようだ。(やはり、生活向上委員会のパクリだったのかもしれない)
 どういういきさつで彼女たちが脱原発ソングを歌っているのかはともかく、放射能は若ければ若いほど悪影響を及ぼすし、子供を産む前の女子であれば本能的に拒絶反応が出るのは当然だろう。

 ステージを終えると彼女たちは下に降りていって、人々に交じってデモに参加する人々を送り出す声かけをしていた。こんな風に大衆の中に自然と入って行けるアイドルというのも悪くない。



posted by 春眠 at 10:33| 原発・放射能・自然エネルギー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月16日

加藤夏希 ソーシャルな生き方をするモデル

 加藤夏希が秋田県出身だと知ると秋田美人という言葉が死語でないことがわかる。
 秋田美人の存在を再認識させてくれた加藤夏希は秋田県由利本荘市出身ということで、秋田県を紹介する活動に積極的にかかわっている。

 10月15日、秋田県横手市を元気にするトークショー「夜よこ進歩ジウム」に参加した。
 彼女はこのトークショーで311の東日本大震災以降の自身のツイッター体験について語った。
 情報が得られない中、ツイッターを覗いてみると次々と震災情報がツイートされるのを見て感動したのだという。帰宅難民向けの休憩所や炊き出しの情報もあり、それを彼女自身が困ってる人に情報を伝えるためツイートを始めた。
 有名人がツイートをすればフォロワーがつきやすいので、これらテレビが伝えない有益な情報が多くの人々に伝わりやすい。(逆に言えば、誤ってデマを流してしまうこともあるかもしれない)

 そして、3月17日、皆が震災で落胆していたときに「夢を語ろう」とツイートし、これが大反響を呼んだ。加藤によれば、あまり不真面目な返信ツイートはなく、ほとんどが真剣に考えてツイートしてくれたそうだ。

 この震災でのツイッター体験が彼女のネットへの考え方を大きく変えるきっかけになったようだ。
 加藤夏希はブログにも積極的に取り組んでいて、ネットの利用には慣れている。それでも、ネットというとゲーム感覚で人が見えないと感じていたそうだ。ところが、震災以降のツイッター体験では書き込まれる文字の向こうに人が見えると言う。

 マスコミが報道しない情報がリアルに事実であると知れば、ツイッターへの信頼は高まる。
 彼女はさらに外国人向けにもツイートした。言葉は翻訳システムを利用したのだそうだ。彼女なりにハッシュタグの説明をするときあまり詳しくないと断っていたが、十分にツイッターのヘヴィーユーザーではないのか。

 加藤夏希のハッシュタグの解説はわかりやすかった。興味のある言葉をハッシュタグに設定すれば、同じハッシュタグの一覧が出てくるようになっていると説明していた。
 まさに140文字の字数制限があるからこそ集まる多種多様な情報の集積地、それがツイッターだ。そして、アマ記者と読者が相互に発信と受信の役割を入れ替えながら情報がやりとりされる。

 ツイッターはもはやメディアであり、開放的で信頼感のある社会を構成するからこそ、ソーシャルメディアと呼ばれる。

posted by 春眠 at 11:11| 政治・経済・社会・文化 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

加藤夏希 ハッシュタグでつながるツイッター

 モデルの加藤夏希は、10月15日、秋田県横手市でトークショー「夜よこ進歩ジウム」に参加したとき、311震災で情報収集しようとツイッターを覗くと次々と短文のツイートが流れるように表示されていくのに圧倒されたと話していた。
 あの短文の洪水は確かに迫力がある。画面上を止めどなく流れるツイートに自分の頭も流されそうになり、無制限に発信される短文情報を自分でどう処理すべきか一瞬戸惑ってしまう。

 ツイッターは、誰もが140字の制限の中で表現するので、当然ながら長文の書き込みはない。短冊がひたすら画面上を流れていく。星に願いを、でもあるまいし、こんな短冊で言いたいことを正確に伝えられるのかと疑わしくもなるが、要するに、特定の一人が物理的に画面を占有できないようになっている。有名人でも、無名人でも、画面上の配分が公平になされる。

 震災時には個々の善意の情報提供者がマスコミの不足を補って、身の回りの情報を発信し、有益な情報の大きなまとまりができあがった。
 ツイッターは、震災時にマスメディアを補完するメディアとなり、多くの人々をネット上で社会的につなげる役割を担い、日本でソーシャルメディアと認められた。

 ところで、このような機能を文化の創造に使うことはできないだろうか?

 ツイッターでは誰もが短冊でしか書き込めないからこそ、多くの人々の発想や知恵を反映させることができる。
 加藤夏希はハッシュタグで同じ趣味を持つ多くの人々をつなげることができると言っていた。これを発展させればハッシュタグのもとで創造的な活動を行う多くの人々を集めることができる。
 それは多種多様な事実を書き連ねたドキュメンタリーになるかもしれないし、多くの人々の共通のイメージと別々の個性によって綴られる物語になるかもしれない。また、何か芸術的な構造物の基本設計書になるのかもしれない。
 たとえば、多くのフォロワーを持つフォロイーが創造的な活動を引っ張ることもあるだろう。物語を創るなら、一人のフォロイーが物語を語り、複数のフォロワーが感想を書き込む。感想を見ながら、フォロイーが物語をさらに綴っていく。

 リナックスのようなフリーソフトは多くのソフト技術者がボランティアで開発にかかわった。ツイッターは、一つのハッシュタグに集まったネット上の人々が新しい文化を創造するきっかけとなり得る。

posted by 春眠 at 17:20| 政治・経済・社会・文化 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月17日

山本太郎 疾走する脱原発ロード

 10月14日、山本太郎は「みんなで決めよう原発国民投票」の記者会見に請求代表人の一人として臨んだ。
 これは、すぐに国民投票を要求しようというのではなくて、今回は東京都と大阪市に原発の是非を問う住民投票を行うための条例制定を請求しようというものだ。
 これまでも住民投票によって原発建設やプルサーマル計画を中止に追い込んだ例があり、今回は立地地域ではなくて、電気の大消費地であり、電力会社の大株主でもある東京都と大阪市での住民投票を求めている。
 署名が必要数集まっても、議会が拒否権を行使する可能性もあるが、そのときは世論に訴える活動を考えているようだ。
 署名所には山本太郎人形を置くことも計画されていて、山本太郎は脱原発の象徴的存在、あるいは偶像としての役割を担いはじめている。

 山本太郎はオペレーションコドモタチのビデオではやや頼りなげな印象もあったが、最近は腰が据わってきてるようで、発言も力強く迷いが感じられない。
 919「さようなら原発 五万人集会」のときは、明治公園に集まった6万人の大群衆の前で正しい情報を報道しないマスコミを批判すると、最後はテレビ局に密着取材を頼まれたのだが、「脱原発を望む人たちについて報道してないだろう」とテレビ局に文句を言ったことを明かし、テレビ局から借りたというビデオカメラで集まった6万人の人々を撮影した。
 919集会を主宰した「さようなら原発1000万人アクション」のほうでも山本が早くも署名集めの象徴的な存在となっている。山本には見た目の地味な有識者や作家には無い俳優としての華がある。こういう活動には華も必要なのだ。

 このあと9月24日に関西でテレビに出演し、放射能対応の問題について熱弁をふるった。特に圧巻だったのは、政治評論家が政府が情報を隠蔽していると言ったとき、山本は伝えようとしないメディアが悪いと言い切ったところだ。
 さすがにこの発言には驚かされた。マスメディアに出てメディア批判がよくできるものだと驚き、山本は身を捨てて真剣に脱原発活動に取り組んでいるのだと実感させられた。
 収入が1/10になりながらも、彼は恐れることなく、脱原発の主張と、国とマスメディアの放射能対応の批判を続ける。それは批判のための批判ではなく、もっと前向きな国とマスコミの対応への改善要求なのだ。

 14日の記者会見では11月から忙しくなるという話だったので、芸能活動が入ったのかと思ったが、朝日新聞の報道によれば反核の取材でヨーロッパに行くそうで、まだ取材内容の売り先は決まっていないという。

 山本太郎は、目指すゴールに向かって、ひたすら脱原発ロードを疾走する。

posted by 春眠 at 07:09| 原発・放射能・自然エネルギー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

リスクをとる政治家 佐藤栄作と田中角栄

 日本で新しいビジネスが起こりにくいのは、日本人がリスクを取りたがらないからだと言われる。
 確かに、アメリカでは起業家がどんどん出て来て次々とベンチャーが立ち上がるのに日本では新しい産業がなかなか出て来ない。
 日本人はリスクを避けたがるのかとも思うが、政界は様子が違う。

 日本の政治家はリスクを取りたがる。
 戦後何回も起きてる政治汚職事件を見れば、日本の政治家がいかにリスクを取るのが好きな人たちかがわかる。まるで実業界と政界では人種が違うかのようだ。
 数多い戦後の政界汚職事件の中でもとりわけ大きなものが二つある。

 一つ目は、1950年代に起きた造船疑獄事件だ。簡単に言うと、造船業界が儲かるような法律をつくってくれと政治家に働きかけて、それが贈収賄罪となった。
 この事件では何人も逮捕されたけれども、最も注目を集めたのは与党自由党の佐藤栄作幹事長の収賄罪での逮捕中止劇だろう。佐藤栄作は将来を嘱望された政治家でここで失脚するわけにはいかなかった。周囲も守ろうとしたようで、当時の法務大臣が指揮権を発動し、検察に佐藤栄作の逮捕を中止させた。
 これがきっかけで吉田内閣は崩壊するが、その後1960年代に佐藤栄作は首相となった。

 二つ目は、1970年代に起きたロッキード事件だ。アメリカのロッキード社が社運を賭けて開発した民間航空機トライスターの日本への売り込みで政治家を買収したというものだ。
 この事件でも何人も逮捕された。戦後大物官僚の一人と呼ばれる元運輸事務次官で全日空社長として会社建て直しに成功した若狭得治や丸紅の若手出世頭で丸紅のプリンスとも呼ばれた伊藤宏専務らが逮捕された。
 その中でも大物中の大物が田中角栄前首相だ。このとき三木政権は指揮権を発動することなく検察に田中を逮捕させた。
 それでも三木政権は安泰とはいかずに、この後党内での三木降ろしへと発展する。

 ちなみに、私はこのトライスターに何度も乗ったことがある。いつもとても快適なフライトで、トライスター以上に快適で安定感のある航空機にこれまで乗ったことがない。また、気のせいかもしれないが、トライスターには全日空でも飛び切りの美人スチュワーデスが搭乗していたように思う。機長も操縦がうまかったのかもしれない。別の航空会社が運航するマクドネル・ダグラスがよく揺れるので全日空が運航するロッキード・トライスターの安定感がいつも頼もしかった。
 しかしながら、この事件後にロッキード社は民間航空機の事業から撤退する。

 佐藤栄作と田中角栄という二人の首相経験者の名前には「栄」という文字がある。
 佐藤政権の1960年代の日本は高度経済成長期で日本は豊かになった。田中政権のときにはオイルショックが起きて国内の経済はガタガタだったが、田中の選挙区の新潟だけは潤った。
 どちらも何かを栄えさせたのは間違いないようだ。

posted by 春眠 at 18:05| 政治・経済・社会・文化 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。