2011年10月18日

官僚を追い詰める芸人ジャーナリスト

 おしどりは、夫のケンと妻のマコの夫婦で活動している芸人で、マコがアコーディオンを弾きながら歌い、ケンが音楽に合わせて即興で針金を使って人の顔などの具体的な形を創る芸を得意としている。
 マコのアコーディオン弾き語りもたいしたものだが、ケンの針金芸とパントマイムも素晴らしい。もっと彼らの芸が広く見られるようになったらいいと思う。

 彼らは311以降なぜか福島原発事故の記者会見に出席している。東電会見からはじまり、統合対策本部ができてからは、統合会見に頻繁に顔を見せている。
 質問しているのはいつもマコのほうで、彼女の質問には勉強したあとがうかがえて、芸人なのによく頑張ってると思っていた。たぶん高校中退の女子が原発事故で本能的危機感を抱き、一生懸命自力で勉強してるのだろうな、と感心していた。
 ところが、マコは同じ中退でも高校中退ではなくて国立大学医学部中退だという。彼女の質問がいつも放射線防護医学よりだったので、それを知って納得すると同時に多少の落胆もあった。
 高校中退の女子が頑張ってるからこそ、その知識に感動するのであって、国立大学医学部中退では驚きはない。
 それはそれとして、彼女の質問がいつも鋭いので、統合対策本部の官僚たちをたじたじにさせている。

 マコの質問の中でも最も重大な事態に触れていたのは、飯舘村へのプルトニウム降下の可能性についてだった。ある学者が海外に論文を投稿していて、その論文にはプルトニウムになる前のネプツニウムが大量に飯舘村に降下した事実を記していた。何カ月も前からマコはこのことをしつこく聞いていたのだが、統合対策本部の返答は思わしくない。それが、9月終わりになってやっと飯舘村にまとまった量の福島原発事故由来のプルトニウムが計測されたことを発表した。

 おしどりマコが何カ月も前から質問していた通りの事実が確認されたのだ。おしどりマコはそこらの大手メディアに勤めている記者よりも熱いジャーナリスト魂を持っている。

 それで、9月中旬、若者たちが経産省前でハンガーストライキをしていた。そこには多くの人々が訪れ、話をしていく。活動家も多かったし、フリージャーナリストもいたし、アマチュア音楽家もいた。何日目だったか、朝日新聞の政治部所属の女性記者がやってきて、取材していた。このシックな女性記者は人差し指に大玉の指輪をしていて、その手を振りながら質問し、若者の心の奥にある真意を聞き出そうとしていた。
 その日の午後遅くおしどりマコもやってきて若者たちを取材した。勝手な想像だが、私はマコが朝日新聞の女性記者に触発されたのだと思った。

 だって、大手新聞のいかにも格好良い女性記者に負けるわけにはいかないのだよ。売り出し中の芸人兼フリージャーナリストとしてはね。



posted by 春眠 at 07:49| 原発・放射能・自然エネルギー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月19日

ファンタジー映像作家が撮った原発ドキュメンタリー

 ファンタジー映像作家の岩井俊二が福島原発についてのドキュメンタリーを撮ったということでその映像作品には否が応でも期待してしまう。
「friends after 3.11」と題されたその映画には、311以降脱原発派には馴染みの人たちが登場する。
 ここに出ている人たちの話は何度も聞いているはずなのにこの映画では改めて新鮮に映る。

 その理由はいくつかある。
 まず、ファンタジー風の淡い色調の中にインタビューを受ける人たちが置かれている。こうすることで、これまでの硬いイメージとは違うややソフトな人物像が浮かんでくる。
 また、インタビュアーがジャーナリストではなくて、映画監督の岩井俊二だということも違いをもたらしている。岩井の映画は優しさを描いた作品が多いという印象がある。しかも、映画監督であるから、役者の魅力を引き出そうとする。岩井は柔らかく遠慮がちな話し方をして、インタビューを受ける人々の優しい側面を引き出している。
 こうしたファンタジー的映像手法と岩井の映画監督としての人間性が合わさって、独特の岩井ドキュメンタリーとなっている。途中、原発事故絡みのインタビューから離れて津波の被災地の映像も流れるが、どこまでもソフトで優しい。

 インタビューの最後はやはりこの人だろうと誰もが認める京大原子炉実験所・助教の小出裕章だ。
 この場面では松田美由紀の小出への問いかけが印象的だった。小出はこれまで何度も言ってきたように、自分のもとで働きたいと言ってくれた研究者はいたが、自分のところでは先がないので断った、という話をする。
 それに対して松田は、そうでなくて、もっと自分のところに来てくれよ、と言ってほしかったと問い直す。小出は俯きながら、過去を悔いるように頷いていた。

 でも、京大原子炉実験所を反原発の原子力研究者の巣窟にしようとしたら、京大は原子力の予算をつけられずに結果として小出はいられなくなっただろう。
 国立大学であっても資本主義の原理で運営される。少々のはぐれ者を養うことができても、彼らを多数派にしては大学の研究室の運営はできない。
 皮肉なことに京大が原発推進派だったので、小出をはじめとする反原発研究者も雇っておくことができた。また、そうすることで大学にとしても原発が問題を起こしたときに言い逃れをするための手持ちのコマとしてとっておくこともできた。ちょっと嫌らしい見方だけれども。

 だが、原発推進は、ぶれることなくずっと国策で有り続けたのだ。

 国民も事故が起きた今だからこそ小出の話に熱心に耳を傾ける。が、そうでなければ誰が関心を持つだろうか。
 日本国内では政府にも、勤め先にも問題がたくさんあり、一人一人の国民もそれぞれ個人的な問題を抱えている。とりあえず正常に稼働している原発に関心を払っている余裕など無かった。
 松田の問いかけに対してうなだれる小出の映像は、それだけでとてつもなく重いメッセージを発している。

 そして、ラストシーンへと映像は移る。
 私の個人的感想だが、このラストシーンは頂けないと思った。このラストシーンのせいで、ファンタジー風のドキュメンタリーがファンタジーになってしまったように感じさせられた。
 岩井俊二監督は、事実がこうなのだと主張するかもしれない。でも、たとえこのラストシーンが事実であったとしても使うべきではなかった。もっと冷静に終わらせたほうが良かった。長時間の映像ストックがあったはずなので、編集のときに映像の選択を誤ったのではないかと思う。
 でも、あまり文句を言うべきではないのかもしれない。日本を代表するフィクションの映像作家があえて原発事故へのメッセージを伝えるためにドキュメンタリーを撮ったという事実そのものが重たいのだろう。

posted by 春眠 at 07:54| 原発・放射能・自然エネルギー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月20日

首都圏に放射能をばら撒いたのは何号機の爆発か? 前段

 3月11日に大地震が起きて、国民は福島原発がまずいらしいと知ったが、中越地震でも柏崎刈羽原発は大丈夫だったのだからどうにかなるだろうと思っていた。
 3月12日の朝にアメリカからの冷却材の提供を断ったと知ったとき、すべての号機がスクラムに成功し、制御棒のホウ素によって核分裂は止まったのだから、あえてホウ酸水はいらないだろうと納得した。

 菅首相も12日朝早く福島第一を訪問し、安全だと言ったので大丈夫だろうと思った。
 ところが、その日の午後に1号機からもくもくと白い煙が発生する。テレビの有名大学の専門家は爆破弁が働いたので大丈夫だと言った。
 しかし、その後、それは建屋内で起きた水素爆発だったと政府は説明した。それでも、原子炉は壊れてないと知って安心した。実際にその翌日もその翌々日も首都圏の放射線量は上がらなかった。原発周辺では放射線量が上がっているようだったが、首都圏はまだ遠かった。

 爆破弁と言った専門家は破壊弁と間違えたのかもしれないと思ったが、格納容器の圧力調整用の破壊弁が作動しても建屋上部が破壊されないので、おかしいとは思った。でも、原子炉は健全だし、首都圏に放射能は来ていないので、どうでも良いと思った。

 3月13日に枝野官房長官は3号機にも水素が溜まっていて1号機同様に水素爆発を起こす可能性があると言った。1号機の水素爆発でも、首都圏に放射能は来なかったので、大丈夫だろうと思った。
 3月14日の午前11時ごろに3号機で水素爆発が起きた。1号機とは違って真上にとてつもない噴煙が舞い上がったが、原子炉は健全だと聞いて、安心した。
 3月15日になると今度は朝早く2号機の圧力抑制室で爆発があったと聞かされる。さらには、稼働していない4号機で火災が確認され、自然に鎮火したのはお昼ごろだった。午前中稼働していない4号機はずっと燃えていた。

 そして、異変が起こる。15日の午前中に首都圏の放射線量が極端に上がる。水素爆発で建屋が壊れただけで原子炉は健全なのになぜこうなるのかわからない。
 さらに、16日の午前中にも首都圏の放射線量が前日並みに上がる。原子炉は健全なのに何があったんだ?

(後段に続く)

posted by 春眠 at 07:59| 原発・放射能・自然エネルギー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月21日

首都圏に放射能をばら撒いたのは何号機の爆発か? 後段

 原子力の有識者は反原発派も含めて、福島原発事故では2号機圧力抑制室の爆発によって放射能汚染が広がったのだという。外界と原子炉がつながったからというのがその理由だ。

 私はあえて異議を唱えたい。
 15日の首都圏の放射能汚染は14日の3号機の水素爆発であり、16日の首都圏の放射能汚染は4号機の火災だと主張する。14日午前11時ごろの3号機爆発から15日の首都圏放射能汚染の経過時間と、15日午前中の4号機火災から16日の首都圏放射能汚染の経過時間はほぼ同じだからだ。

 アメリカのNRCは運転停止中の4号機の火災を重く見ていた。ヤツコ委員長は4号機の燃料プールには水が無いと公言した。NRCは4号機火災がウラル核惨事の悲劇の再現となるだろうと悲観したはずだ。
 ウラル核惨事では、核廃棄物を冷やす冷却装置が壊れたのに気づかずに大爆発を起こした。風下100kmで極めて高いレベルの放射能汚染があり、多くの人々が重篤な健康被害で苦しんだ。
 だから、4号機の火災で世界のすべての核専門家が終末を脳裏に描いた。
 ところが、その後の調査で4号機燃料プールには水があると確認され、世界の核専門家は不思議に思いながらも胸を撫でおろした。

 では、なぜ4号機建屋は燃えたのか?

 なんと、3号機と4号機が配管でつながっていたことがずっと後でわかったのだ。誰だ! こんな設計をしたのは! もっと問題なのは、東電も日本の原発専門家もすぐにこの事実をわかっていなかったことだ。(わかっていたら、3号機と4号機をつなぐ配管を早い段階で遮断しただろう)
 4号機の火災(爆発?)はつながった配管によって3号機から漏れた水素が関係していたのだ。当然ながら、3号機から大量の放射性物質も4号機に移っていた。

 3号機は悪名高きMOX燃料を使っている。MOX燃料はウラン燃料よりも壊れやすい。地震によって3号機原子炉の冷却システムが損傷し、機能低下していたなら、MOX燃料の損壊で大量の死の灰が排出されたと推測できる。

 3号機爆発のときも、4号機火災のときも、1号機爆発時よりも時間が経過していたので、大量の水素が3号機、4号機には溜まっており、爆発力も大きかった。
 一部の専門家からは3号機は燃料プールで部分的な核爆発があったのではないかと指摘されているが、たとえ核爆発が無くても相当量の水素による爆発ポテンシャルはひどく高まっていた。

 とにかく、繰り返しになるが、15日の首都圏の放射能汚染は14日の3号機水素爆発のせいであり、16日の首都圏放射能汚染は15日の4号機火災のせいである。
 1号機爆発は地表面に沿って噴煙が流れたので、放射性物質は遠くには飛ばずに次々と近傍の地面に落下する。2号機圧力抑制室爆発では、放射性物質は水とともに建屋の底に向かって流れ落ちる。
 3号機爆発で上空へ飛び上がった放射性物質は風に乗る。4号機の火災でも放射性物質は煙に乗って空高く舞い上がり、上空で風に乗る。風に乗れば、放射性物質は軽く1300kmは飛ぶという。原発事故現場から300km離れた茶畑の茶葉に放射能がべったりついていたとしても不思議は無い。

 ところで、爆発、さらに火災といえば、チェルノブイリ原発事故で起きたことと同じだ。チェルノブイリ原発事故では1機だけでそれが起きたが、福島では3号機と4号機の2機のコンビネーションで同じことが起きた。
 福島原発事故では4機も壊れた。こんな原発事故は前代未聞、史上空前ではないか。チェルノブイリ原発事故以上のとんでもないことが起きているのではないのか?

 とりあえず、福島原発が黒鉛炉でなかったことに感謝しよう。地震に弱いGEマーク1型原子炉の圧力容器と格納容器はボロボロになりながらも、幸運なことに(これだけ首都圏に死の灰が降っても!)超最悪の事態だけは回避してくれた。

posted by 春眠 at 07:32| 原発・放射能・自然エネルギー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月22日

美しき純白の王国 小沢一郎の世界

 2月の晴れた日に東京から東北新幹線に乗って岩手の盛岡へ向かう。盛岡駅に着くと駅前のロータリーには雪がうっすらと積もっている。盛岡は白く冷えた空気に包まれている。
 背が高く痩せた中年の女性が黒いコートの襟を立てて通り過ぎていく。その姿には、生まれてからずっと死ぬまでこの寒さに耐えてなければならない岩手県民のそこはかとない悲しみと、厳しい現実に対峙する者の凛々しさがある。
 バスに乗り盛岡市街を出て八幡平のほうに向かう。さっきまではぱらぱらと粉雪がまばらに降っていただけなのにだんだんと雪は激しくなる。
 八幡平より奥に行くためにはバスを乗り継いでいく。雪がしんしんと降る中、さらに奥深い雪山に入るときには型式のとても古いディーゼル車に乗り換える。
 奥深い山間の村では枯れ木も山も雪を被り、すべてが雪に覆われている。氷点下の雪の降る夜は星明かりも無く、エメラルドグリーンの温泉だけがほのかに輝いている。
 次の朝、快晴の空のもと雪山を眺めると、まるですべての穢れを真っ白な雪で覆い隠してるように見える。真っ白な別世界がそこにはある。
 この山間の村からの帰り、バスは民家や商家が立ち並ぶ街道を走る。
 その街道沿いには民主党のポスターが数メートルおきに等間隔で規則正しく立ち並んでいる。他の政党のポスターはまったく見ない。
 この土地を誰が支配してるのか、否応無しに気づかされてしまう。

 小沢一郎は、被災した岩手県沿岸の地勢について自分は誰よりも詳しく、どの町の光景もイメージできると言う。小沢の選挙区4区は内陸のほうだが、沿岸部のみならず、おそらく岩手県全域について小沢は詳しいのだと思う。
 小沢は、選挙区を隈なく回り、小集会を繰り返して、支持を広げていく選挙手法をとる。それを自分の選挙区だけでなく、県内の他の候補の支援でもやるのだろう。小沢の恩師・田中角栄が新潟県全県を抑え、新潟には田中と実際の県知事の2人の知事がいると言われたような役割を小沢は岩手県で担う。
 たいした産業のない地方では、国からもたらされるカネがすべてだ。国からどれだけカネを引っ張って来られて、それを地元でどう分配するか、それが国政の実力者に期待されている。
 現在の達増岩手県知事は国政の場にいたときはずっと小沢のもとにいた。小沢にとって知事は自分の家臣みたいなものだ。小沢は岩手県の震災復興については、達増知事と話し合いながら、自分は国政レベルで岩手県救済のためにどうするかを考えていると言っている。
 これは、震災復興という大義名分が無ければ、地元への利益誘導ととられたかもしれない。

 小沢一郎は、陸山会を巡る事件で、政治収支報告書の虚偽記載はなく、誤った記載をしただけなので修正すれば済む話である、とどの記者会見でも繰り返す。記載ミスだと言うなら、直せばいい。ただし、直すことで他の件に重大な影響が出て辻褄合わせが必要になるなら、すぐにとは行かないだろう。たとえば、税金の問題はクリアできるのかどうか。
 誰もが「どうして?」と思うほど陸山会は不動産を所有していた。(騒がれたあとは保有の割合を減らしてるようだが)
 陸山会は資金管理団体である。政治資金規正法の第十九条の二の二では資金管理団体の不動産所有が禁じられている。資金管理団体の陸山会が不動産を所有してるなら、それだけで法律違反を犯してることになる。ところが、この条項には罰則規定が無い。だから、法律違反でも罰せられない。
 小沢と小澤という名字の入った確認書を見せて、小沢は正当な取引だと胸を張る。小沢と小澤を別人格にしてまで不動産取引を正当化しなければならないというそのこと自体が胡散臭い。法の網をうまくかいくぐっているだけのように見えてしまう。
 胆沢ダム建設のあっせん収賄疑惑についても、小沢は野党だったのだから、職務権限は無く、まったく当たらないという評論家がいる。
 でも、胆沢ダムは小沢の選挙区内にあり、岩手県には小沢系の地方議員、首長が多い。国政において野党であっても、自分の息のかかった自治体の首長、地方議員を通じて陰で影響力を行使していたのかもしれないと思えてしまう。証拠があるのかと問われれば黙ってしまうけれども、やはり疑わしさは消えない。
 いつだったかテレビで小沢が釣り船に乗って出かける様子が放映されたことがあった。そのとき、船上で若い男性が小沢の顔にクリームを塗っていた。この男性が秘書として雇われているとしても、やってることは小沢の召使いだ。政治資金は公的な性格の強いカネであり、そういうカネで召使いまがいの秘書を雇っているとしたら、問題ではないだろうか。まるで王侯貴族のようだ。
 ところで、今年九月の岩手県議選で民主党は過半数割れした。小沢一郎に王侯貴族のような生活をもたらしてくれた世界は崩れつつあるのかもしれない。

 盛岡駅に向かうバスの窓からは、チラチラと光る粒が見える。ガラスか、宝石のかけらのようだ。
 ああ、これがジェフ・ベックの名曲のタイトルとなっているダイヤモンドダストか。アルバム「ブロウ・バイ・ブロウ」に収められたこの曲の孤高のギターのすすり泣きが耳に響いてくる。

 でも、おかしい。昨日の地元の天気予報では今日は気温が上がっているはずなのだが。

posted by 春眠 at 11:27| 政治・経済・社会・文化 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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