2011年10月14日

トリウム原子炉 核廃棄物処理幻想

 一部の原発関係者や一部の環境保護派から、トリウム原子炉を次世代の原子炉として推す声がある。原発関係者が推してる理由はよくわからないが、環境保護派はトリウム原子炉での核廃棄物処理に期待しているようだ。

 トリウム原子炉は、トリウムの着火剤としてプルトニウムを必要とし、着火によってプルトニウムを壊変させてしまう。トリウムの核反応によっても極微量のプルトニウムは出るようだが、全体としてプルトニウムを減らすことができる。
 要するに発電しながらプルトニウムを減らせるのだから一石二鳥ではないかということだ。

 だが、これまで溜め込んだ死の灰のうちプルトニウム以外のものを減らせるわけではない。それどころか、トリウム原子炉を稼働させれば新たな核廃棄物を生んでしまう。主な核廃棄物は300年で無害化するようだが、極微量ながらも100万年かかる核廃棄物も出るようだ。

 トリウム原発関係者は、高レベルのものは誤差として切り捨ててしまい、300年だと言う。300年だけを強調すれば、無害化年数が10万年とも100万年ともいわれる核廃棄物を大量に出す現在の原発よりははるかにマシなように思う。原発をやるならトリウムしかないと思えて来る。
 だが、300年の管理にしたって十分に遠い歴史の彼方にあり、人類がきちんと管理できるかどうか疑わしい。
 ここで、トリウム幻想から覚めてしまう。

 原発を利用したほんの50年間のせいで人類は100万年先の未来にとてつもなく大きな負債を負わせてしまった。



posted by 春眠 at 13:16| 原発・放射能・自然エネルギー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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