2011年10月24日

孤高のすすり泣き ブロウ・バイ・ブロウ

 ジェフ・ベックというロック・ギタリストはよく孤高のギタリストと呼ばれる。商業性に拘ることなく自分の信じるギターの道を歩んでいるところや、コンサートで見せる彼の風貌がどことなく群れから離れた狼のように見えるところがそう呼ばせるのだと思う。
 狼は夜になると小高い丘の上に駆け上り、そこで顎を上げて吠え声を響き渡らせる。それは恐怖を呼び覚ます吠え声のようにも、悲しいすすり泣きのようにも聞こえる。
 ジェフ・ベックがギターの求道者のように見られたのは、おそらくアルバム「ブロウ・バイ・ブロウ」からだろう。このアルバムはジェフ・ベックのギター人生とギターテクニックの真髄が込められていて、ジェフ・ベックにとってのみならずロックギター・ミュージックにとっての最高傑作と言ってもいいほどの優れた出来栄えになっている。

 アルバム「ブロウ・バイ・ブロウ」は発売当初日本語タイトルが「ギター殺人者の凱旋」とつけられた。随分大仰で物騒なタイトルだし、あまりうまいネーミングだとは思わないが、このアルバムの本質は掴んでいる。
 英語のblow by blowは「一打ずつ詳細に」というも意味がある。一打でさえも漏らさずに伝えるというような文脈で使われる。ボクシングのラジオ中継などで実況が一打でも手を抜かずに伝えるというような使い方だろう。
 ただ、このアルバムでは、慣用句として解釈するよりも、字面通りに解釈したほうがしっくり来る。次々と繰り出されるブロウ(パンチ)という意味で理解したい。ボクシングの試合におけるスタンディングでの打ち合いを想像していただいたらいいと思う。
 次々と繰り出されるパンチをそのまま浴び続けたら人は死んでしまう。このアルバムでは、ギター曲がそのように繰り出されて行くので、ジェフ・ベックはギター殺人者に喩えられる。

 ジェフ・ベック最大のヒットアルバムとなった「ブロウ・バイ・ブロウ」の成功の主だった要因は、プロデューサーにビートルズを大成功に導いたジョージ・マーティンを起用したことだろう。
 ジョージ・マーティンはクラシック音楽の正規の教育を受けていて、アレンジの引出しがとても多い。ビートルズが成功したのもその陰にはプロデューサーのジョージ・マーティンがいたからだと言われる。
 ビートルズがギターを弾きながら口ずさむ曲を原曲として、そこから発展させてまともな商用の曲にまで仕上げられたのはマーティンの力によるところが大きかった。また、ビートルズのほうも、クラシック音楽の素養のあるジョージ・マーティンから積極的に学び、単なる思いつきのメロディーをしっかりとした楽曲にまとめ上げていく術を学んだ。
 ジョージ・マ−ティンはクラシックの素養があるだけにストリングスのアレンジが実にうまい。ビートルズの有名なバラードであるイエスタディの成功は、マーティンのストリングス・アレンジの賜物と言っても言い過ぎではない。
 私はイエスタディのストリングス・アレンジは情緒に流され過ぎているのであまり好きではない。マーティンの優れたアレンジ能力が発揮されたのはエリナー・リグビーにおいてだと思っている。
 イエスタディと違ってエリナー・リグビーのストリングスには緊張感があり、メロディアスな曲を情緒に流されることなく引き締めている。エリナー・リグビーでは、ストリングスは単なる伴奏ではなく、ビートルズの歌・演奏と競い合い、ぶつかり合っている。それがとてもスリリングに聞こえる。それは、たとえば、クラシックの協奏曲やソナタのような作りに近い。

 ジョージ・マーティンがエリナー・リグビーで聞かせてくれた緊張感のあるストリングス・アレンジは、ジェフ・ベックのアルバム「ブロウ・バイ・ブロウ」でも施されている。
 それは2曲あり、一つがスキャッターブレインで、もう一つがダイヤモンドダストだ。
 スキャッターブレインは、ロックというよりはどことなくパガニーニのバイオリン独奏曲のギター版のような作りになっている。技巧の要求される速弾きが続き、アップテンポな曲であるにもかかわらず、どこか悲しい、あのバガニーニの曲を連想させる。
 スキャッターブレインでは、曲の盛り上がるところをギターとストリングスとで分け合い、マックス・ミドルトンの弾くエレクトリック・ピアノがときにストリングスと、ときにギターと協奏というより、競奏という字を当てたほうがいいようなスリリングな演奏を聞かせてくれる。まさにスタンディングで連打を浴びせるボクシングのような気分にさせる。だから、ブロウ・バイ・ブロウ。

 もう1曲のダイヤモンドダストは、このアルバムの最後を飾る曲で、スキャッターブレインと違ってバラード調のメロディアスな曲となっている。この曲は原曲を貰ってからかなり時間をかけてアレンジされたようで、構成の優れたドラマチックな曲となっている。この曲を聞いているだけで誰もがそれぞれのドラマを心に思い浮かべる。
 この曲では、ジェフ・ベックのギターのすすり泣きに、ストリングスの雄大でゆったりとした響きが包み被さるように乗っていく、孤独で悲しい者を雄大な何かが包み込んでいくように。
 日本ではテレビ・ドラマのBGMとして使われたことがあった。どういうドラマかといえば、抽象的になるが、とてもやるせなくて、どうしようもなくて、それでも辛い思いを内面に止めて表に出すことなく生きていく人々の悲しいストーリーといったところだ。
 ドラマの舞台が、ダイヤモンドダストが見られる北国だったかは覚えていない。
 ただ、この名曲を聞くのに北国である必要はない。北国でなくても、晩秋から冬にかけて聞くにはぴったりの曲である。



posted by 春眠 at 07:56| 映画・音楽・文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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