2011年11月03日

野菜を鷲掴みで食べるギタリスト 後段

 スティービー・ワンダー作曲の名曲・迷信で話題となったのは、前奏の粘っこく強烈なビートを奏でるリフだ。
 迷信はもともとスティービーがギタリストのジェフ・ベックにプレゼントした曲だった。前奏のリフはギターをかなり意識している。
 スティービーの演奏では、そこをクラビネットというキーボードで弾いている。クラビネットはギターの音色の出せるキーボードで、ギターサウンドとまったく同じではないけれども、鍵盤を叩くとエレキギターの弦を引っかくような音が出せる。

 当時のジェフ・ベックはジョージ・マーティンと出会う前で、ベック・ボガート&アピスというちょっと斬新さの欠けるブルース・バンドを率いていた。それでも、このバンドでジェフが弾く迷信の前奏のリフは迫力がある。少々粗っぽいのが気になるが。
 有名な話でご存じの方も多いと思うが、迷信はジェフが最初にシングルカットするはずだったのにスティービーのほうが先にシングルを出してしまい、大ヒットさせてしまった。この件はジェフを怒らせ、その後お互いの間にしこりを残してしまった。

 スティービー・ワンダーは、ジェフ・ベックと会ったときの印象を自伝に記している。
 いっしょに食事をしたときにベジタリアンのジェフ・ベックは野菜を鷲掴みにして食べた。ジェフの言い分は、何でも自然であることが大事だということだったが、スティービーにはその食べ方がどこか野蛮に思えた。
 迷信の一件でのジェフの怒りについても、スティービーは野蛮な男が人の事情を理解せずに怒っているだけだと思っていた節がある。

 それでも、スティービーはお詫びとしてジェフ・ベックのソロ・アルバム「ブロウ・バイ・ブロウ」のために別の曲を用意した。
 それが、名曲「哀しみの恋人たち」だ。
 私は「哀しみの恋人たち」がスティービー・ワンダーの作曲だと聞いたときとても驚いた。ヨーロッパ映画の映画音楽として使われそうな、ニーノ・ロータでなくてもフランシス・レイあたりが作曲しそうな曲をソウルミュージックのスティービー・ワンダーが作曲したのだ。
 ただ、「哀しみの恋人たち」の原曲は、ブロウ・バイ・ブロウに収められた曲とはかなり受ける印象が違う。
 ある女性ソウル・シンガーが歌詞付きバージョンを歌っているのだが、この歌はジェフ・ベック・バージョンのようなドラマチックな展開がまったくなく、眠気を誘うほど退屈で単調な曲になっている。たとえるなら、お経を聞かされているような、いや、お経のほうがましかもしれないとさえ思えて来るほど盛り上がりに欠けている。
 その反面、ジェフ・ベック・バージョンには、ダイヤモンドの原石を優れた職人芸で徹底的に磨き上げて完成した最高級の宝石のような輝きがある。

 アルバム「ブロウ・バイ・ブロウ」は、どの曲にもアレンジに苦心の跡が見える。ロックギター音楽史上最高傑作の一つと称賛される名曲「哀しみの恋人たち」も、ポップ・ミュージックの名伯楽ジョージ・マーティンの大いなる影響のもとで洗練された。
 一つの才能ではなく、三つの類稀な才能が集まってできたのが「哀しみの恋人たち」であって、一人一人はとてつもない才能の持ち主だとしても、人は一人だけではうまく行かないようだ。

 ところで、迷信の一件で私が残念だと思うのは、もしジェフ・ベックがジョージ・マーティンとのアルバム作りを決めた後でスティービーから迷信を提供されていたらどうなっただろうかということだ。
 迷信はよくできた楽曲なので、スティービーが強硬にシングルにすることに反対しなければ、いずれにしても周囲の者たちがシングルにするように取り計らっただろう。
 ただ、私はジョージ・マーティンのプロデュースで迷信を聞いてみたかった。
 マ−ティンなら、前奏のリフをどうアレンジしたのだろうかと思ってしまう。マックス・ミドルトンにスティービー・ワンダーと同様にクラビネットを弾かせただろうか、それともブロウ・バイ・ブロウ全編でマックス・ミドルトンが弾いているエレクトリック・ピアノのフェンダーローズでやらせただろうか、あるいは、ジェフ・ベックが自分のバンドでやったようにギターにしたのか、といろいろな可能性を想像してしまう。
 でも、ブロウ・バイ・ブロウは迷信が無くても名アルバムと称賛されている。あまり欲張ってはいけないのかもしれない。

 ジェフ・ベックとスティービー・ワンダーは、お互い十分に大人になってから迷信を共演している。
 前奏のリフは、もちろん、ジェフ・ベックの定番ストラトキャスターだ。
 ところが、ブロウ・バイ・ブロウの哀しみの恋人たちでは、ジェフ・ベックは定番のストラトキャスターではなくて、テレキャスターを弾いている。
 哀しみの恋人たちは、遠くへ響き渡る、断続的で静かなむせび泣きから始まる。高音域を揺らしながら引き延ばすには、テレキャスターのほうが向いているので、そうしたのだろう。
 ただ、今はストラトキャスターを使って演奏していて、哀しみの恋人たちの始めのフレーズをトレモロで音を揺らしながら弾いている。
 私はその延び切れない泣き声を聞いて、そうじゃないといつも思う。



posted by 春眠 at 08:04| Comment(0) | 映画・音楽・文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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